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生涯研修と実践のグレードアップに役立てたい 日本福祉施設士会副会長海外セミナー2002団長 森田 弘道 今回のセミナーは、土日と移動時間を除き研修に当てられたが、ぎっしりとつまった日程を意義深く過ごすことができました。 訪問国の社会福祉制度や仕組みの変遷と福祉サービス提供システムに焦点を当てた視察・研修を行ない、共通話題も多かったかと思います。また、イタリアという国のみにしぼって学びを行ないましたので、印象も強くまとまった知識と理解が得られたものと思います。外国研修には準備としての事前研修が欠かせませんが、今回はすぐれた研究者である講師を迎えることができ、事前の講演と提供された資料がとても役に立ったことを感じさせられました。 海外研修の意義について 時々聞かれるのは、「日本の社会福祉は今や国際レベルに達しており、建物・設備も立派になった。社会福祉、医療制度、社会保障も充実しており、訪問国より優れているのでもう学ぶことはない」という声です。それもごもっともですが、私にはどうもそうとばかりは思えないのです。確かにそのまま真似たり、引き写したりすることは必要ないとしても、私個人の体験と経験からして、各国の福祉から学ぶことが多々あります。外国研修で得られたアイデア、理念、とくに福祉に関する感性や人権感覚、建物や設備の人間性、そして働く人々やそこで生活する人々の様子などから実に素晴らしい心の宝と知恵をいっぱいもらったように思います。それらを社会福祉実践の現場に生かして、改善・向上に役立てることができるのは大きな喜びです。本会としても今後ともその時代にふさわしいテーマに沿って海外研修を続け、会員の生涯研修と実践のグレードアップに役立てたいものと思います。 また、国際化の流れをふまえると、海外交流はいっそう重要度を増しています。今回訪問したイタリアにしても、すでにEUの経済・通貨統合に加わり、国際交流以上に国と国との共同体の形成に参加しており、社会福祉の分野でもEU基準を満たすことが国家を挙げての課題となっています。 日本は社会福祉の分野でも国際的に孤立しているわけにはいきません。国と国との人的・知的・経済的交流は強まることはあっても弱まることがあってはなりません。実は、現在の大きなテーマとなっている日本の社会福祉の改革と変動は、先進工業国共通の課題である成熟社会の到来、年金や社会保険財政の逼迫、人口の少子高齢化、経済成長の原則と国家財政の緊迫などの諸問題から生じていますし、変革の動向についても法律改定(イタリアでは2000年に枠組み法改正あり)、在宅福祉およびいわゆる地域福祉の強調、地方分権の促進、年金や保険給付の見直しなどの共通面を多く含みつつ、各国のお家の事情により違いも鮮明になりつつあると思います。 研修から拾ったあれこれ 今回は、イタリアしかも二大都市のローマとミラノを訪問するにとどまったので、これをもってイタリアの福祉について全般的な知識を得ることができたとは思いません。その上、両市はラッテイオ州とロンバルデア州という国内でも先進的で富んだ州の中心地ですので、工業化され、豊かなイタリア北部の社会福祉の現状と変動の方向について学んだといえましょう。イタリア北部と南部の経済や産業基盤の格差ははなはだ大きいものがあり、南部では、働き口と収入がないので出稼ぎが恒常的に行なわれています。事柄によっては、福祉サービスでは上記二州とトスカーナ州にしかないものもあるようです。日本のように、全国同一制度のもと、ほぼ同様の福祉サービスが行き渡っているのとは違います。前出の社会福祉の枠組み法改正は、この地域格差を縮小する目的をもってなされたものであるとのことです。 各訪問地でのお話しをうかがううちに、強い地方色や格差があり、地方主義のあることがわかります。イタリアはかつて小王国や独立色の強い都市の大富豪の支配により分立していましたので、もともと地方の「おらが国」という意識と生活が強く根付いていたものといえます。また、イタリアの隠れた社会福祉資源とでもいってよい家族主義的な人々の結合と相互扶助の習慣は、今も、とくに南部には強く残っているようです。その中にあって、19世紀に入ると全国的統一性が強調され、共和国の中央集権性の強化と統一的基準の採用が進みました。それに加えて近年のEU加入は国際的な基準をとり入れる大きなはずみとなったようです。そして、そのことは社会福祉の制度にも影響しました。しかし、今また再び地方分権への志向が強くなりつつあるようです。分立から統合へ、そして地方分権へという動きです。 同じではないのですが、平行的な動きは社会福祉サービスの供給主体についても言えます。慈善・博愛事業色の強い時代には、王候、貴族、大富豪、そして強大な力を持つカトリック協会により救貧的な事業が行なわれていましたが、次第に国家による統一的な社会福祉システム運用を行なう努力がされました。公的セクターの力と介入が大きくなり、民間の私的慈善事業や教会の手にあったサービスもいわば世俗化され、私的な社会事業から公的な社会福祉へと移り行く姿がありました。しかし、それはそれほど続かず、以前とは違った形ですが、医療と社会福祉は公立重視から民間のサービス供給主体への委託という動きが出てきました。また、競争原理の導入や効率化の動きが強まりつつあるとのことです。 上記に似たような動きは、今までの視察旅行でオーストラリアや欧米各国でも見られたものです。私的社会事業もしくは救貧から公的社会福祉への移行、そして民間の力の導入という動きは何か共通していると感じます。また、これからのイタリアの社会福祉の実施機関は、民間のセクターと国や地方自治体の支配に属するセクターに二分化する傾向にあるように思えます。 さて、視察旅行で気に止めたトピックをいくつか挙げてみたいと思います。イタリアでは、日本のような縦割り行政が進んでおらず、たとえば、児童、高齢者と障害者の社会福祉が州や県や市等の段階で別々ではなく、統合的に運用されていると感じます。 また、医療と福祉の分野では日本のように画然と分離する垣根は高くなく、それだけ連係しやすくなっている印象です。医療保険には全国民と移民・難民のすべてが加入し、医療費の自己負担はゼロであると聞きました。ここにイタリア的ヒューマニズムが生きているという説明でした。ところが、他方、社会福祉サービスについては有料であり、年金による負担や個人負担そして公的扶助が混在しているとのことです。 児童問題でとくに関心を引いたことは、2006年までに全国で4万人が生活している孤児院もしくは児童養護施設を閉鎖するということでした。全国養子縁組教会は、「すべての子どもは家庭を持つ権利がある」との大前提を立て、実親に養育能力がない子どもに養子縁組による新しい家庭を与える制度と仕組みを作りつつあるとのことです。しかし、その中で、障害や病気を持つ児童については養親も里親もなかなか見つからない現状であるようです。また、里親制度については、イタリアも里親のなり手が少ないという悩みを抱えているようです。実親による児童虐待、親の麻薬中毒や重度の精神障害が養子縁組の理由となるが、貧困はその理由とはならないとのことでした。そして、里親不調や養親・養子間不調についてどうするかとの問いに対しては、やはりグループホーム等が必要であるとの見解でした。 高齢者福祉、とくに要介護に関しては、家族による介護とそれを支える介護手当制度が相当程度機能している感じでした。 |
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